生き恥ニーチェ

明るくて根暗な女子大学生が需要もモラルも一切無視して思った事を黙々と書き続けるブログ

映画『ナラタージュ』感想

ナラタージュを見てきました。
レイトショーにて一人で。


[画像:ed08fea5.jpg]


感傷という言葉はまさにこういう時のためにある言葉だ、と鑑賞直後に思いました。



ネタバレしながら感想書くね。
バレるネタがあるタイプの映画でも無いけど。



まず予告編が良かった。


こんなもん見てしまったら、そりゃ一人ででも観にいきたくなっちゃうよ。


「あなたは好きだった人を思い出す。」


いいねええええええええええ!!!!!
「好きな人」じゃなくて「好きだった人」っていうのも、最高。

さあ、私は誰を思い出すのかしら。










長い映画だった。
 
もしかして、終わらないんじゃないか。私、一生ここにいるのでは?
と思ったくらいの長さ。
 
時間がゆっくり流れるからかな、とか言葉と言葉の間が長いからかな、とかいろいろ考えたけど、上映時間見たら140分。そりゃ長いわ。
 
 
 
 
匂いと音は最後まで記憶に残る、なんていう救いようのない説があるけど、雨なんてものに思い出が染みついてしまったら地獄だなと思った。
最初のモノローグの時点で迸る寂寥感。
 
 
 
 
松本潤がデリカシーの無い天然タラシ教師で、純粋な有村架純を上げては落とす。天国と地獄。
 
 
 
 
坂口健太郎は、不毛な恋に苦しむ有村架純を優しく包み込み心の支えとなるも報われない不憫な役回りかと思いきや、ちゃんと一回付き合うし、ちゃんと自分勝手に行動して、ちゃんと自分本位の発言をし、しっかりちゃっかり有村架純を傷つける。
 
 
相手を愛したから、尽くしたから、自分も愛されるだろうという思い込みからくる愛の押し付けは、苦しい。優しい人にとっては特に。
 
必死に気持ちに応えようとしている姿を見ようともしない。エゴです。愛のエゴです。スキハラ。そう、好きハラスメントです。
 
 
 
いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまうの坂口健太郎はそうじゃなかった。晴太くんは違ったよ。
 
[画像:a07e583e.jpg]

 
「こんなに愛したのに」なんて言わないし「じゃあなんで俺と付き合ったの?」とも言わない。
 
 
 
 
 
「好きじゃなくてもいいよ。好きじゃなくてもいいからさ、僕と一緒にいて。その代わり、僕が小夏ちゃんの恋を叶えてあげる。」
 
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うう、、、改めて聞くとめちゃくちゃ健気だこの坂口健太郎、、、、。優しい目をしているよ、、、、。戻ってきて、、、晴太くん、、、、!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最後は、煮え切らない態度で散々有村架純を翻弄した松本潤より。トドメの一撃。
 
 
「恋じゃなかった。けどそれ以上のものだった。」
 
 
なんじゃそりゃ。どういう感情だ。
 
恋じゃないならあんなこと(キス)やこんなこと(セックス)して許されると思うなよ!!
 
セクハラ教師!!!!!
架純ちゃんがかわいそう!!!!!!!
 
 
 
 
でも架純ちゃんは、そういう弱さや不器用さまでもが好きだったんだよね。わかるよ。うんうんすごいわかる。
 
 
 
 
有村架純も、松潤に対しての想いを
 
「愛じゃなかったのかもしれない。」
 
って振り返るの辛すぎる。
 
 
 
一緒にいる時間が幸せで、
会っていない間も想ってて、
その人の為ならなんでもできる、
って思ってるくらい大切な人でも、その気持ちが愛じゃないってことがあるの?
 
 
死ぬほど大切に思っている人への感情は「愛」以外に無いのね。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あなたは好きだった人を思い出す。」
 
 
と言われましたが。
 
 
あんな無神経な人とも、メンヘラサイコの人とも恋をした事が無いし、あんな自己犠牲的な恋もした事が無いので、思い出す人はいませんでした。
 
映画としてはとても好きでしたが、現実にこんな3人がいたら間違いなく全員目潰ししてました。
 
 
もっと頭で考えて恋をして欲しいです。
 
 
 
 
 
 
 
 
なんにせよ、この映画に救いがあってよかった。
 
瀬戸康史、バンザイ(^-^)
 
 
「ナラタージュ 瀬戸康史」の画像検索結果

 

ヨガを始めてしまった。

 

 

私の趣味はダイエット、特技はリバウンドです。

 

数週間前に図らずも特技のリバウンドを発動してしまった為、現在趣味のダイエットを楽しんでいます。

 

 

 

 

 

ついに、、、、、、

 

 

ついに、、、、、、、

 

 

 

ヨガを始めてしまった。

 

 

尊敬する人がヨガを始めるなと啓蒙なさっていたので。

 

 

manato-kumagai.hatenablog.jp

 

 

絶対に、

 

 

絶対に、

 

 

ヨガだけは始めないぞと決めていたのに、、、、、、、、

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーエピローグ終わり

 

 

 

 

ーーーー本編

 

 

事の始まりは今朝。

 

ダイエットのためにジムに行こうと思ってチャリ置き場に向かうと、、、、

 

雨が、ドヤ顔で降っていた。

 

 

 

 

チャリ断念。

 

 

まあまあ私のトランスフォーム力は雨なんぞには負けませんど、という気持ちで車を出す。

 

ブーーーン

 

駐車場「満」

 

 

 

 

 

車断念。

 

 

 

そこから家に戻って電車で再出発する気力も時間も私には残っていませんでした。

何がトランスフォーム力だしゃらくせえ。

 

 

なんで、スマホ世代よろしく家でできる有酸素運動を検索しました。

 

 

まず出てきたのが、

 

タバタ式トレーニング。

 

 

www.youtube.com

 

 いやいやいやいや。

まず登場人物がおかしい。

 

私は女子が軽やかにやるタイプの運動がしたいの。

最低限のつらさで痩せたいの。

 

なのにこの動画ときたら。

ムッキムキのお兄さんじゃねえか。

笑顔で筋トレするタイプのドMマッチョじゃねえか冗談じゃない。

 

なんかこれ、岡田准一がお気に入りのトレーニングとして番組でイキイキ紹介してた気がするし。

そんなハードなものは無理なので断念。

 

 

 

 

 

 

となると、もうヨガしか残されていなかった。

私の理念には反するが、致し方ない。なんとしてでも痩せたい。楽して痩せたい。

 

ということでYouTubeにてヨガの動画を検索。

 

youtu.be

 

わかりやすそうなのでこれを試してみることにした。

 

 

 

 

試してみると、なるほどとてもいい。世の女子がこぞってヨガるのがよくわかる。

大してつらくはないけど、終わるとなんかすごい達成感がある。

身体が生まれ変わったような。何故か神聖な気持ちになる。なんなんだろう。

 

 

たぶんこの不思議な感覚の一因に、(動画の中の)インストラクターのスピリチュアルな発言がある。

ヨガの動きを説明する動画かと思いきや、突然精神論を語り出す。

 

こっちは初めての動きでわりと必死になっているのだけど、そんな時に優しく語りかけてくるから

「ああ、そうですよね、先生。」

とどんどんその世界観に染められて行ってしまう。

 

 

 

例えば、「息は全部吐いてから吸うこと」という注意に後に

 

「何でもそうですよね。古い考えとかも、全部排泄してからそうすると自然に新しいものを体の中に取り入れられます。」

 

というスピリチュアル講座までついてくる。

 

 

そうか、古い考えも息と一緒に吐き出してしまえばいいんだ。

 

 

 

年功序列、男尊女卑、外国人差別、中学生の白ソックス縛り、サラダの取り分けをする女子、ジェラピケのパジャマを着る女子、、、

そういう、旧態依然とした考えを捨て、これからはグローバル人材としての新しい思考を身に着けていかなければ。

 

 

そう思いました。

 

 

皆さん、ヨガを始めましょう。

 

日本語以外にも言語ある説

 

もうここ5日間ほど、昼過ぎまで寝て、夜に少しバイトに行ってという生活を続けている。

最悪。もう人間やめた方がいい。生産性のある生活をしたい。彼氏も欲しい。

 

 

 

↓本題

 

水曜日のダウンタウンの流行から、大学生は日常生活でも「~説」と口々に言うようになった。

ろくに勉強もしていないやつらが、この時ばかりは大喜びで説を打ち立てる。愚かです。もちろん私もその一人ですが。

特にインスタのハッシュタグでその横行が目立ちます。

 

 

 #ウチら両想い説

 

#語尾に説付けるの口癖になってる説 

 

#ユニバ最強説

 

#次は富士急行きたい説

 

 

うるせえうるせえ最後に至っては説じゃなくて願望だ。

 

しかも許せないのは、彼らは説を打ち立てるだけで立証も反証もしない。

立て捨て。タテマン、タテチンども。

説がかわいそう!人でなしめ!

 

私はそんな無責任なことしません。

自分で立てた説とはちゃんと付き合います。

最終的には立証するなり反証するなり、ちゃんとケジメをつけます。

 

 

なので今日は、最近巷でまことしやかに囁かれている「日本語以外にも言語ある説」について考察し、これを反証したいと思います。

 

市場調査によると、この説は多くの人に信じられているそうです。

限りなく確からしい、と。

 

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※出典:私の感覚

 

でも私はそうは思わない。てかこの説を信じられる人たちの気が知れない。

 

 

 

まずはじめに、「日本語」とは?

 

 日本語(にほんご、にっぽんご)は、主に日本国内や日本人同士の間で使われている言語である。

Wikipedia

 

なるほど。ここにはまったく違和感はない。

私は日本に生まれて日本語を習得し、これまで日本語で日本人と会話をしてきた。

じゃあ何故他に言語があるということが多くの人に信じられているのか。

 

例えばこれは日本語以外の言語の一つとして挙げられるらしい。

 

صباح الخير

 

 

申し訳ないが、まったくもって理解できない。

私の学力ではこれを言語として認めることができない。

 

この類の他の言語らしきものもそうだ。理解ができないから認められない。

 

 

 

でも一つだけ、他言語らしきものと私が認められるものがある。

 

世間でも、日本語以外の言語として最有力に挙げられている、英語という存在。

 

英語。

 

I love you. 

とか言う死ぬほど甘ったるい響きのフレーズ。

How are you? 

とか言うたくさんの議論を生むフレーズ。

How many CDs do you have? 

とか言う妙に語呂の良いフレーズ。

 

これら全てが英語という、世界で最も影響力のある言語と言われているらしい。

が、ちょっと意味が分からない。

 

 

もう1度引用する。

 

日本語(にほんご、にっぽんご)は、主に日本国内や日本人同士の間で使われている言語である。

Wikipedia

 

日本では、小学校から大学に至るまで、教室で日本人の先生と日本人の学生がこの英語なるものを話している。

 

先生「Good morning, everyone.」

生徒「Good morning, Mr. Simon.」

先生「How are you?」

生徒「Fine, thank you. And you?」

先生「Fine, thank you.」

 

 このような会話を、

日本国内で、日本人同士で話している。

 

これは、紛れもなく、英語ではなく、日本語だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああ~~~~~

めんどくさくなっちゃった。

 

なんでこんなこと必死に書いてるんだろ。

 

 

結局私もタテマンだった。

さろうなら(^^)

 

「学生時代に頑張ったこと」が無い。

何も頑張っていない。

本当に、何も。

 

よって自己分析なんぞしても「何も頑張っていない自分」が分析結果としてはじき出されるだけだ。なんていう就活の沼。

 

みんな何を頑張っているんだろう。疑問で仕方がない。

 

サークルとか部活とかかなあ。どっちもやってないなあ。

アルバイトかなあ。ほぼやってないなあ。

ボランティア活動かなあ。やってないなあ。

 

そんな私だけど、一つだけ人一倍頑張っていることを見つけました。

 

 

継続的なツイート活動です。

 

 

複数のTwitterアカウントを使いこなし、毎日何ツイートも呟く。

これだけは確実に人より努力してやってきたし、力を入れている。

 

よし、この線でいってみよう。

早速、自己分析のフレームワークに記入していこう!

 

 

「学生時代に頑張ったこと:継続的なツイート活動」

何故頑張ることができたのか

ツイートをするのが好きだから。

その活動を続けられた理由

自分のツイートを楽しみにしてくれている友達の顔を思い浮かべると、自然と言葉が浮かんできた。

あなたが取り組んだ課題・問題

Twitterに打ち込むことは本当に自分のためになっているのかという根本的な問題。

どのように課題に取り組んだのか

Twitterが自分に与える影響やTwitterで自分が得ることができた能力について改めて考察した。

なぜその対処法を選んだのか

自分とTwitterの関係を客観的に見つめなおすことができるのではないかと考えたから。

 

行動した結果はどうでしたか

Twitterは私に何も与えていないという事実が確認できた。

活動の中でぶつかった壁は?どう乗り越えた?

どうしてもツイートしたい下ネタがあったが、社会的な立場を考えるとツイートすることは適切ではなかった。我慢することで乗り越えた。

 

その経験の結果学んだことは?

社会の中でうまく生きていくためには、時には自分の意思を曲げてでも周囲に合わせることが必要な時があるということ。

 

 

たぶんだけどこれはだめだ。

 

 

どうしよ~~~~~~~。

私たちのTwitterが戻ってきた!

お熱を出して寝込んでおりました。

わりと高熱で、金曜日からなかなか下がりませんでした。

 

しかし、私は実家暮らしで親のすねをむさぼっている身分であり、週末に予定を入れないプランフリーなライフスタイルなので病を患うことは特に問題がないです。

1日中寝て、食事を用意してもらい、それを食べてまた寝ます。

 

 

ただ一瞬背筋が凍りついたのは、母の言動。

 

彼女は、ここ半年ほど彼氏のいない私に向かって

「どこからもらってきたんだろうねえ、、誰かとキスでもした?」

と尋ねてきたのです。

 

どういうつもりでしょうか(憤慨)

たしかここ2週間ほどは誰かとキッスをした覚えがありません(大慌て)

自分の娘を何だと思っているのでしょうか(大慌て)

 

 

 

 

よし、本題に入ろうかな(大慌て)

 

タイトル通り、Twitterについてです。

ここから、何の根拠もソースも無い私の主観、感覚のみで語っていきます悪しからず。
f:id:noza-nora-sr:20170625182017j:image

 

1年ほど前まで、私はTwitterを憂いていました。

 

何故か。

その変化にです。

 

大学で関西に行った地元の友達が、関西弁になって帰ってくる。

大学で都会に行った地元の友達が、ブランド物を身につけて帰ってくる。

 

そんな感覚です。Twitterは、すれてしまっていたのです。

 

どんな風にすれてしまった?どんな変化?

 

疑問に思いますでしょうか。

思いますね。

お答えしましょう。

 

その変化とは、、、

 

 

 

リア充が増えた。

 

 

ということです。

 

 

 

そう、リア充で溢れていた。

 

流行り出した当初の彼はそんなんじゃなかった。

もっと、ヲタクやニートや童貞やメンヘラで溢れかえっていた。

 

不毛な人々が、時には日々の不毛さを憂い、時には自分の好きなものについて堰を切ったように語り出す。

そんな素敵な場所だった。安らぎの場所であった。

 

そんな時代のTwitterを、ここでは便宜的に古代Twitterと名付けよう。

 

※古代Twitter:2011~2013年頃

 

それをグラフにするとこうだ。

 

 

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 (出典:私の感覚)

 

 

しかしその後3年間ほどの、私が近代Twitterと名付ける時代のTwitterはどうであろうか。

 

やれ彼氏との写真。

やれ制服ディズニーの写真。

やれ海外旅行の写真。

 

と、リア充が我が物顔で侵入してきた。

 

なんなんだ彼らは。

写真ばかりではないか。

Twitterの画像は、アニメのキャプチャーしか載せてはいけないというキマリではなかったのか。

 

この近代Twitter、グラフにするとこうだ。

 

 

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(出典:私の感覚)

※近代Twitter:2013~2015年頃

 

一目瞭然でおわかりいただけるであろう。

リア充が多い。

 

これでは我々ヲタクは息が詰まるようだ。

しかも、1日に数ツイートもしようものなら

「頻度が高すぎる。」「うるさい。」「空気が読めない。」

と罵られる始末。

 

 

先住民を追い出し、その文化を否定し、リア充は、ネイティブ・アメリカンの住処を奪ったヨーロッパの民のように我々を迫害する。

 

あんまりだ。

こんな仕打ちは、あんまりだ。

我々はまた、2ちゃんねるという更なる闇まで後退しなければならないのか。

SNSという広い世界に、進撃することはできないのか。

 

 

 

 

しかし、絶望に打ちひしがれた私達の前に救世主が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

Instagramである。

 

 

 

 

Instagramという素晴らしい文化は、Twitterからリア充というリア充を吸収した。

 

オシャレなカフェの写真も、彼氏との幸せそうな写真も、友達とのBBQの写真も、全てがInstagramに収束される。

 

その恩恵で、Twitterからリア充が消え去った。

 

今の円グラフはこうだ。

 

 

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(出典:私の感覚)

 ※現代Twitter:2016~2017年頃

 

 

 

 

こんな綺麗な浄化活動が他に見られたであろうか。

Twitterは、Instagramの出現という偉大な歴史的展開を経て、本来の姿を取り戻したのである。

 

なんと尊いことであろうか。

なんと歴史的に偉大なことであろうか。

 

 

 

こうして我々は、我々にとって居心地のいいTwitterを取り戻したのである。

めでたしめでたし。

 

 

 

 

酔っ払った勢いで書いたので多少の論理の甘さはゆるしてにゃん♡

 

おやすみ♡

 

文章が秀逸なブログ集

今日は、ブログソムリエであるこのワタシがこよなく愛するブログを紹介しよう。

 

はてなブログには類稀なる才能を持った文章力ゴリラがたくさんいます。

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ほんと、うじゃうじゃいます。だからはてな好きです。

 

その語彙力、構成力、視点、言い回し、知性、そしてほどよい下ネタと行き過ぎた悪ノリ。

そこはまるでコトバのワンダーランド!!

サア、ちょっと覗いてみよう!!

 

 1.もはや日記とかそういう次元ではない

manato-kumagai.hatenablog.jp

 

私が一番愛するブログ。

kumagaiさんという頭のぶっ飛んだ高学歴エリートが運営しているブログ。

このブログはまともな点が一つもない。

 

まずこの人の自己紹介はこうだ。

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そしてTwitterではこう。

 

 

なんということだ。私たちとまるで視点が違う。

彼は恐らく私たちには理解できないとても崇高な何かが見えているのだ。

 

ちなみにkumagaiさんのイチオシ記事はこれ。

manato-kumagai.hatenablog.jp

スタバにて、隣でだべっていた女子大生について深く考察しています。

 

個人的にはこの記事がお気に入り。

manato-kumagai.hatenablog.jp

早口言葉について深く考察しています。

 

 

2.真顔日記

diary.uedakeita.net

 

先ほどのブログと比べるともう少しまともな変人が書いているブログ。

あくまでも先ほどと比べるとというだけでこの方も立派な変人なのだけど。

 

上田啓太さんが運営されている。

最初にこのブログを見たとき、当たり前のように「上田啓太のブログ」と説明されて動揺と、何故か興奮を覚えた。

だいたいなんなんださっきの熊谷真士さんといい、バチバチの本名でブログを始めようという気合いが凄い。

 

イチオシ記事はこれ。

diary.uedakeita.net

短編のファンタジー小説です。

 

個人的なお気に入りはこれ。

diary.uedakeita.net

現代社会の解決すべき問題について論じています。

 

 

3.Everything you've ever Dreamed

delete-all.hatenablog.com

めちゃくちゃかっこいいタイトルだから、どんなかっこいい内容が書かれているんだ!と思うけどめちゃくちゃ文章力のあるただの日記です。

 

ほとんどの記事で、改行は一切無く、文章の最後に所要時間が記してある。

だいたい20分前後。滅茶苦茶はやい。

怒涛の勢いで書いているのが想像できる。

 

イチオシ記事はこれ。

delete-all.hatenablog.com

 

 

 

4.かんそう

www.kansou-blog.jp

今までのブログとはちょっと違って、日記だけじゃなくてドラマや映画の感想とか「〇〇ベスト20」みたいな記事もたくさんある。

文章のテンポが凄くいい。悪口言う時とか特に。こんなリズミカルに悪口書ける人は今後50年は現れないであろう。

 

感想は最近で言うと『逃げるは恥だが役に立つ』や『カルテット』

 

イチオシ記事は『シンゴジラ』感想。

www.kansou-blog.jp

たぶん見た人しかわかんない。

 

個人的に好きなのはこれ。

www.kansou-blog.jp

軽快な悪口にきっとあなたもやみつき!

 

 

 

 

以上、私の愛するブログ達でした。

性格至上主義者撲滅運動

梅雨が、思い出したように慌てて雨を降らせ、すぐに飽きてまたサボりだしました。

だらしがない。年に1回、1ヶ月やそこらくらい頑張りなさいよ。もっと真剣に雨に向き合いなさいよ。

 

まあそれはそれとして。

気まぐれな梅雨のおかげで今日の昼間はひどく晴れていました。

私は友達がいないので一人で昼食を食べていました。

 

穏やかな初夏の昼下がり、昼食を食べ終わった私は、友達がいないので次の授業が始まるまでベンチで本を読む。

木漏れ日が本の紙面に影を落とし、暗いところと明るいところが一緒になってゆらゆら動いているのが愛らしい。

 

 とても幸福な時間。

 

 

 

 

 

ふう。

おしゃれイントロダクションをやってみたくてここまで書いてきましたが、そろそろ力尽きてきました。

なので流れを変えて今から私の性癖を大発表します。

 

私は理屈っぽい人が性的に好きです。

 

何でもかんでも理論立てて考え、さもそれが他の人にとっても当然かのような姿勢で論ずる人です。

理詰めで勢いよく持論を展開されると興奮します。

あくまで性的に好きなだけで、人間として好きかどうかはまた別問題なのですが。

 

例えば朝ドラの『ひよっこ』で言うと島谷純一郎(竹内涼真)。

Image result for 島谷純一郎

慶応ボーイで勤勉な御曹司。

この登場シーンがいいんだ。

 

道端で小銭を落としたみね子(有村架純)が右往左往しながら探していると、そこを通りかかった島谷が落とした小銭を見つけ、みね子に渡して「そこにありました。」と教えてからこの大演説。

 

ずっと見てたんだけど、ものを探すときに君のやり方だと見つからないと思うんだ。なかなか(笑)

つまりね、例えば、ここに何かものを落としたとする。

そしたらまずこの一角を、絶対に無いと言い切れるまで探す。

で、次に。わかるかな?

君の場合、こっちかな?いや、あっちかな?、、、ないな。こっちかな?

全部が中途半端。あれだと見つからないと思う。

わかるかな?

 

たまたま通りかかっただけの他人にこれだけの長編説教。

屈折した親切心。大興奮です。

 

わかるかな?

 

芸能人で言うと、向井理とか佐藤健とか高橋一生とか。

 

みんなドイケメンだからわかりにくいか。

ブサイクで言うと小藪一豊とか。

 

そんな感じです。

 

 

気が済みました。今から本題に入ります。

余談が長くなりましたので手短に。

 

人の評価基準が「性格」な人を正義とする

 みたいな風潮を撲滅したいと考えている。

 

「顔じゃなくて性格で選んだ♡」とか「外面いいけど性格悪そう。裏ありそう。」とかのことです。特に恋愛で顕著です。

 

顔は生まれ持ったもので変えられないから性格で判断するのが正義とか頭狂ってんのか自分の言ってること少しは見直せよ性格だって生まれ持ったものだろうが。

 

百歩譲ってその人の立ち振る舞いとか理念とか努力していることとかセックスのうまさを評価するのはわかるわ。

 でも性格て。どうやって改善するんですか性格って。

 

ルックスなんて化粧やら髪型やら服装やらである程度は改善できるわ。

外面いいならそれで十分だわ。根本の性格は悪いけど人当たりよくしようと努力してるならむしろ評価すべきだと思うんですわ私は。

 

 

 

だから私みたいに屈折してて性根腐った女にも、友達はたくさんできるべきだし、彼氏と幸せな日々を暮らすべきだと思いますよ。

 

平日の夜にパソコンで本気のネットサーフィンしている今の状況はおかしいと思いますよ。

 

 

はいおやすみなさい。