生き恥ニーチェ

恥を積みながら生きてます。

餃子の王将でのカップルのケンカ

自宅から徒歩50歩の所に餃子の王将がある。

徒歩50歩というすっとんキョンな単位を使ったのは、徒歩1分を下回る移動時間の単位を知らなかったからだが、それくらい自宅から近い所に餃子の王将がある。

 

 

そこの店主はとても人が良く、笑顔も素敵だ。

 

年配の紳士がカウンター席でもぞもぞしていると

「それが餃子のタレです。」

と瞬時に察して声をかける気遣いがある。

 

声もはきはきしていて、とても感じが良い。

 

 

そんな店主は覚えているだろうか、、、

およそ一年前、この店のテーブル席でケンカをしていたカップルのことを。

 

 

そのカップルは実に静かにケンカをしていた。

お互いに罵倒を浴びせることもしないで、ただただお互い口をきかず無音の時間を過ごしていた。

 

 

そのカップルは、同じ塾のにバイトとして勤める大学生だった。

男の方が一つ年上で、女の方が後輩。

その頃は、塾での生徒指導の方針がかみ合わなくてたまにギスギスすることがあった。

 

餃子の王将でのケンカはそんなギスギスがピークに達した時に起こった。

 

あんまり覚えていないが、確か女の方がコップを強めにテーブルに置いたことで、男は彼女が機嫌が悪いか、或いは威嚇していると捉えたようで威嚇に応じるかのように彼もまたコップを強めに置いた。

 

そこから硬直状態が始まる。

 

 

 

さて。

ここで男は何に対して怒ったのだろうか。

 

 

自分の女だと思っていた彼女に思いもよらない方法で威嚇されたこと?

 

彼女がコップを丁寧に扱わなかったこと?

 

コップや机の破損、そして店に対する配慮?

 

 

もちろん否。

彼はその前から怒っていたのである。

 

ただきっかけがコップだったというだけで、もうその前から怒りの源泉はふつふつ煮えくり返っていたのだ。

ましてやコップなんてどうでもよかったのだ。ただのスタートボタンであってそれ以下でもそれ以上でもないのだ。

 

 

こんなことは王将のカップルに限らず、いついかなる場面でも起こり得る。

 

 

例えば通勤・通学ラッシュの地下鉄。

なんでそんなことで怒るんだってくらいしょーもないことで喚き散らすサラリーマンがいたとする。

もう、原因なんて電車が30秒遅れたとかそんなようなことであろう。

 

まわりの人は思う。

「たかが30秒くらいで大げさな。」

 

しかし違う。

大概の場合は、彼らはその瞬間までに多くの鬱憤をため込んでいる。

それは、夫婦間の例えば明日は早いと昨日伝えた聞いてないなどという口論だったかもしれないし、現場から離れて中間管理職になったことによるストレスからだったかもしれない。

とにかくその前から怒りそうな状態だったのである。

そう、ただのスタートボタン。

それがわかりやすく表れただけ。理解しようとしても難しい。

機嫌が悪い人には、何をしたって逆効果なんだ。

 

 

 

では、機嫌がよくなるにはどうすればいい?

 

 

 

そこで私の大先生、ニーチェさんの言葉を借りたい。

 

 

いつも機嫌よく生きていくコツは、人の助けになるか、誰かの役に立つことだ。そのことで自分という存在の意味が実感され、これが純粋な喜びになる。

『人間的な、あまりに人間的な』より

 

なるほど、確かに人のために何かをしてあげたときっていうのは、何かと機嫌が良い。

 

お年寄りに席を譲った時は、なんか「自分えらい!今日も一日一善!」みたいな 健康的な気持ちになるし、店の出入り口で後ろに続く人の為にドアを開けニコッと微笑みかけた暁にはもう聖人君子にでもなったかのような神聖な心持になる。

 

そう、これは少なからず正しい。

効果が期待できる。実用的な対処法だ。

 

 

だから、こんど不機嫌なサラリーマンを見つけた時にはこう声をかけてあげればいい。

 

 

 

「おじさん一万円ちょおだい(^^)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ~餃子の王将の店主、あのケンカ覚えてるかな~~~~