生き恥ニーチェ

恥を積みながら生きてます。

私たちのTwitterが戻ってきた!

お熱を出して寝込んでおりました。

わりと高熱で、金曜日からなかなか下がりませんでした。

 

しかし、私は実家暮らしで親のすねをむさぼっている身分であり、週末に予定を入れないプランフリーなライフスタイルなので病を患うことは特に問題がないです。

1日中寝て、食事を用意してもらい、それを食べてまた寝ます。

 

 

ただ一瞬背筋が凍りついたのは、母の言動。

 

彼女は、ここ半年ほど彼氏のいない私に向かって

「どこからもらってきたんだろうねえ、、誰かとキスでもした?」

と尋ねてきたのです。

 

どういうつもりでしょうか(憤慨)

たしかここ2週間ほどは誰かとキッスをした覚えがありません(大慌て)

自分の娘を何だと思っているのでしょうか(大慌て)

 

 

 

 

よし、本題に入ろうかな(大慌て)

 

タイトル通り、Twitterについてです。

ここから、何の根拠もソースも無い私の主観、感覚のみで語っていきます悪しからず。
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1年ほど前まで、私はTwitterを憂いていました。

 

何故か。

その変化にです。

 

大学で関西に行った地元の友達が、関西弁になって帰ってくる。

大学で都会に行った地元の友達が、ブランド物を身につけて帰ってくる。

 

そんな感覚です。Twitterは、すれてしまっていたのです。

 

どんな風にすれてしまった?どんな変化?

 

疑問に思いますでしょうか。

思いますね。

お答えしましょう。

 

その変化とは、、、

 

 

 

リア充が増えた。

 

 

ということです。

 

 

 

そう、リア充で溢れていた。

 

流行り出した当初の彼はそんなんじゃなかった。

もっと、ヲタクやニートや童貞やメンヘラで溢れかえっていた。

 

不毛な人々が、時には日々の不毛さを憂い、時には自分の好きなものについて堰を切ったように語り出す。

そんな素敵な場所だった。安らぎの場所であった。

 

そんな時代のTwitterを、ここでは便宜的に古代Twitterと名付けよう。

 

※古代Twitter:2011~2013年頃

 

それをグラフにするとこうだ。

 

 

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 (出典:私の感覚)

 

 

しかしその後3年間ほどの、私が近代Twitterと名付ける時代のTwitterはどうであろうか。

 

やれ彼氏との写真。

やれ制服ディズニーの写真。

やれ海外旅行の写真。

 

と、リア充が我が物顔で侵入してきた。

 

なんなんだ彼らは。

写真ばかりではないか。

Twitterの画像は、アニメのキャプチャーしか載せてはいけないというキマリではなかったのか。

 

この近代Twitter、グラフにするとこうだ。

 

 

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(出典:私の感覚)

※近代Twitter:2013~2015年頃

 

一目瞭然でおわかりいただけるであろう。

リア充が多い。

 

これでは我々ヲタクは息が詰まるようだ。

しかも、1日に数ツイートもしようものなら

「頻度が高すぎる。」「うるさい。」「空気が読めない。」

と罵られる始末。

 

 

先住民を追い出し、その文化を否定し、リア充は、ネイティブ・アメリカンの住処を奪ったヨーロッパの民のように我々を迫害する。

 

あんまりだ。

こんな仕打ちは、あんまりだ。

我々はまた、2ちゃんねるという更なる闇まで後退しなければならないのか。

SNSという広い世界に、進撃することはできないのか。

 

 

 

 

しかし、絶望に打ちひしがれた私達の前に救世主が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

Instagramである。

 

 

 

 

Instagramという素晴らしい文化は、Twitterからリア充というリア充を吸収した。

 

オシャレなカフェの写真も、彼氏との幸せそうな写真も、友達とのBBQの写真も、全てがInstagramに収束される。

 

その恩恵で、Twitterからリア充が消え去った。

 

今の円グラフはこうだ。

 

 

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(出典:私の感覚)

 ※現代Twitter:2016~2017年頃

 

 

 

 

こんな綺麗な浄化活動が他に見られたであろうか。

Twitterは、Instagramの出現という偉大な歴史的展開を経て、本来の姿を取り戻したのである。

 

なんと尊いことであろうか。

なんと歴史的に偉大なことであろうか。

 

 

 

こうして我々は、我々にとって居心地のいいTwitterを取り戻したのである。

めでたしめでたし。

 

 

 

 

酔っ払った勢いで書いたので多少の論理の甘さはゆるしてにゃん♡

 

おやすみ♡