生き恥ニーチェ

淡々と日記を書いてゆきます。

自己紹介


しまった。

ブログを始めたというのに自己紹介をしていなかった。

 

知人以外の人間がこのブログの読者になることを全く想定していなかった為、自己について紹介するという概念を忘れていました。

 

でもこの文章は、インターネットという情報の海に投げ込まれるのであって。

閲覧されるかされないかに関わらず、まずは自分についての説明をするというのが礼儀でした。
不躾な記事をいくつも投稿してしまって申し訳ありません。

今更ながら私自身についての紹介をさせていただきます。

 

ニーチェちゃんは愛知県名古屋市に生息する、極めて人間に近い生態を持ついきものです。

繊細なのでむらみやたらと攻撃しないでください。深く落ち込みます。

 


普段は、名古屋大学経済学部の学生として生活しています。


が、それはニーチェちゃんの仮初の姿です。
ニーチェちゃんは非常に狡猾な為、自分が最低限生きてゆける立場を上手に演じます。

しかし、学問に勤しむ姿は本来のニーチェちゃんではありません。

 

 ニーチェちゃんは学問に従事する傍ら、友人らとどんちゃん騒ぎをします。

例えば、年に一度のハロウィンではドンキで購入したミニスカポリスのコスプレを身に纏い、20デニールのタイツをはいて栄を行脚します。

 


しかしこれもニーチェちゃんの本来の姿ではありません。

「経済学部はパリピだ。」
という社会のニーズに応えるために、本意ではないがパリピらしい何か、そう、something like party peopleを演じているに過ぎないのです。

これは非常に利他的な行為であって、ニーチェちゃんは生来利己的ないきものなので、これも本来のニーチェちゃんの姿ではありません。

 

 

 

実際、ニーチェちゃんがその活動時間の多くを費やしているのは自宅での読書、映画鑑賞、創作活動(日記、妄想、工作)です。

 

人間でいうところの、「引きこもり」と非常に近いです。

 

それでは、これがニーチェちゃんの本当の姿なのでしょうか。

愛嬌が売りでよく喋る、病的な気分屋の、主食は米と酒の、この姿が本当のニーチェちゃんなのでしょうか?

今日この場で紹介することになっていた、自己そのものなのでしょうか?

 

 

 


否。


それも恐らく違うでしょう。

 

 

「自己」


古代ギリシャの哲学者達に始まり、現在に至るまで、いやこれから先の未来でもAIの発展に伴い深刻化すると考えられる、人間による結論の出ない議論の一つです。

 

そんな歴史と未来ある概念についてこんな訪問者の少ないブログで軽々と紹介していいものでしょうか?
そんなはずはありません。

 


私は、「自己」について紹介することができません。

 

 


あなたの目に写る私こそが、私の自己です。

信じてあげてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

以上。